「Wind Climbing 〜風にあそばれて〜」の歌詞の個人的解釈


今日は私の誕生日なのだが。
毎年誕生日に真っ先に頭に浮かぶ歌がある。
それは奥井亜紀の「Wind Climbing〜風にあそばれて〜」という曲だ。
この歌はアニメ「魔法陣グルグル」の主題歌にもなっていた。
(昔やってた方!)

歌詞がすごく好きなので、改めて歌詞を読みながらしみじみと考えてみた。

歌詞

考察というよりは個人的解釈だ。
誰にでも当てはまる部分がある歌詞だから、解釈は人それぞれだと思う。

誕生日を迎える度に 何を祝うのかがずっとナゾだった


いきなりセンセーショナルな歌詞。
誕生日。1つ年をとる日。おめでたい日。みんなはおめでとうと祝ってくれる。
しかし何を祝っているんだろう?

そして、

見えなくなってしまったものは 二度とかえらないと知ったとき
年を経ることに後悔と 一日が過ぎていく恐怖を感じた

と続く。

これまた刺さる歌詞だ。
年をとるということは限られた人生の、
残された時間も減っていくということだ。
人はいつか必ず死ぬ。そうしたら人生もあっけなく終わる。そんな恐怖。

子供の頃に感じていたキラキラな何か。
今も残ってはいるんだけど、あの頃よりは確実に失われてしまったと思う。

どうにもならない今日だけど 平坦な道じゃきっとつまらない
きみと生きてく明日だから 這いあがるくらいでちょうどいい

そしてサビのこの歌詞。
AメロBメロで現実を突きつけて落としながらも、サビで少し前向きになる。
まるで慰め、いや、励ましてくれているような歌詞だ。

どうにもならない今日だけど平坦な道じゃきっとつまらない


もし今日辛い事があっても、それは自分ではどうにもならない。
でも全てが上手くいって平坦だったらそんなのつまらないよ。
人生は山あり谷ありあってこそさ。
この短い歌詞からそんなメッセージを感じる。

きみと生きてく明日だから這いあがるくらいでちょうどいい


この”這いあがるくらいでちょうどいい”って言い回しが好きだ。
君と一緒だから大丈夫!とかじゃなくて這いあがるくらいでっていうのがいい。
主題歌だった魔法陣グルグルにも通ずるものがある。


次は2番。

脇道を独り歩く そんな自分にみとれてみたり
歩き疲れたあの人へ 冷たい言葉を平気で放つ

調子づいてた 小さな自分
風にあそばれて やっとここに立っていた


2番のAメロBメロは年をとる程刺さる。
若い頃の自分はとにかく無邪気で、無神経で、いろんな人に迷惑かけてた。
(今も迷惑かけてる気はする。でも人ってそういうものかも)
そんな自分、流れに身を任せて割と適当に生きてきた。
で、今ここに立っている。


Cパートの

転んでできた傷のいたみにみあう何かを求めたなら幻

も。


解釈しきれてないんだけど、聴いてて何だかドキっとする。
辛い事があった時「今辛いんだから報われる時は来るだろう」と考える。
しかしそれは幻では?やっぱりそんな時は這い上がるしかないんだ。


で、最後のサビに繋がると。

どうにもならない今日はせめて笑い話に変えられますように

這い上がって辛い事もいつか笑い話に変えられる日が来てほしい。
そんな祈りのような、はたまた決意のようなものも感じる。

魔法陣グルグルについて

先にも書いたとおり、この歌は
魔法陣グルグル」の旧アニメの主題歌として使われていた。
「魔法陣グルグル」もかなり好きな作品だ。

ギャグが主軸だけど、ニケとククリの冒険の話でもあって。
2人が支え合ってだんだんと成長していくのが印象的だった。名作だよなぁ。
ウニョラー!トッピロキー!!キロキロー!!!

最後に

爽やかだけど切なくて、前向きになれる優しい歌。
奥井亜紀さんの伸びやかな歌声も含めて本当に好きな歌だ。
もう随分と昔の曲だが、色褪せない。今後も誕生日の度に聴くんだろうな。

余談

最初の誕生日の話に戻るが。
ささやかでも祝ってくれる人がいる。
その事実が嬉しいし、逆にそんな人達に感謝を捧げる日なのかもしれない。
それが認識出来ている幸せ。きっと29歳もいい年になると思う。

平成元年生まれ世代(早生まれなので2年だけど)は
平成の終わりとともにだんだんと30歳になっていく。何かエモい。
個人的に30歳は人生でも節目の年齢になると思っていたのだが、
その30歳まであと1年を切った。この1年何が出来るか。
あんまり難しい事考えずに、目の前の事を地道に続けるしかないんだろうな。

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